『終わりの日の預言』の周辺情報!!
- 2008/05/17(土) 09:45:06
『終わりの日の預言』の周辺情報!!
シムトラの よい知らせ!!
<真実の神>
シムトラとは、前掲『終わりの日の預言』の中で、S・Sと言う頭文字で登場する方であろうと思う。いわゆる一般の信者であった方で、預言者・大祭司ハナンエルとは事情が異なる。その後、祭司と使命を与えられたようである。
その語り口は、素朴で率直で分かり易い。ハナンエルの文書とも併せて読むと、その整合性はキチンとしている。投稿者が『終わりの日の預言』に関心を持った のは、この素朴さ・率直さである。時として、真理が蒔かれるときは、決して既成の宗教からではないと言うことである。イエスは大工(左官)の子であった。 仏陀はバラモンではない、クシャトリア(軍人)であった。
シムトラの福音(よい知らせ)は、言い方によれば、庶民的で取っつきやすい。人間に要求されるのは、要は素直な心であり続けることだ。素というのは『もと』と言う意味である。『もと』とはいろいろな意味があろうが、紛れもなく、創造されたとすれば、創造主こそ『もと』である。それは主に従うということであって、アーメンという意味である。これは仏教の『南無=帰依する』に通じる。
現代の人間にもっとも要求されることは、この帰依し、従うという素直さである。誰がみても、確かに驕り高ぶり、自我自尊に傾いている。自尊は悪いことではない。自我偏重は困るのである。そればか
りではなく、それを意図的に扇動し、そのような悪弊を増長せしめようとする勢力が、確かに存在する。そして、それにあやかり、利得欲望を満たそうとする心根がある。これは滅びの道である。このことを気がつくだけでも、『終わりの日の預言』の価値があると思っている。
【転載開始】<真実の神>
この地を造られたのは誰か。あの天を造られたのは誰か。人間を含む全ての生き物を造られたのは誰か。太陽、月、星、空気、海、山、川、季節ごとに咲く花、季節ごとに実る果物や野菜など、ありとあらゆる全てを造られたのは誰か。そして、全ての始まりの前から存在しておられるのは誰か。私は、全てが当たり前に存在しすぎていて、あまり深く追求したことがありませんでした。
しかし、神にやっと気付き、この地もあの天も私たちも含め全てを造られたのは神であったことをはっきり知りました。
私たちも、神が造ってくださった。そして、それぞれに相応しい役割を与え、この世に送り出してくださった。
それなのに私たち人間は、本当の親である私たちの造り主を忘れ、自分勝手に生き、自分勝手に願い望み、自分が「良い」と思えるものに依り頼んで生きています。どう考えても、それで幸せになれるはずもなく、世の中が平和で真に満ち足りるわけもありません。
殺伐とした世の中は、ひどくなるばかりです。それは、人間が虚しいものに依り頼み、神からどんどん遠く離れていくからです。
私は、子供の頃からいつも魂が飢え、乾いていました。もちろん当時、はっきりそう言葉で感じていたわけではありません。
両親は、とても私を大事に育ててくれたし、温かい家庭でした。
でも、何かが違っていた。何かが本当ではなかった。それは、友達といる時も同じで、一緒に楽しく騒いでいてもいつもどこかが冷めていました。
何かが足りなかった。物事に真面目に一生懸命に取り組むのだけれど、心から満ち足りて夢中になれたものは一つもありませんでした。
私の生まれ育った家は、古くからの商家で、代々受け継いできた仏壇がありました。
当たり前のこととして、「仏」と言われているものを「善」として大事にしていました。
そして、死んだ先祖が仏と言われているものと共に自分たちを守ってくれていると教えられていました。
先祖の命日には必ず仏壇に供え物をし、初物は必ず仏壇に供えていました。
また、その土地には大きな寺や神社があり、日常に溶け込んでいました。
そのような環境で育った私は、深く考えたこともなく、自然なこととして受け入れていました。
私 は先祖のことを思う時、「写真で曾祖父母くらいまでは知っているけれど、私が生まれるまでに人類の初めから気が遠くなるくらいの年月が流れ、脈々と血が受 け継がれてきたんだ。私の先祖は、一体どんなふうに何をして過ごしてきたのだろう。」と、なんとも言葉にできない感情を抱いていました。
でも、社会に出てだんだんと、そういうことを思うことも無くなっていきました。
それから月日は流れ、私は結婚しました。
結婚して何年過ぎても私には子供ができませんでした。
私は子供が欲しかった。女として生まれたからには、自分の子供を産みたかった。でも、子供ができませんでした。
また、いつの頃からか「こうあらねばならない。」という思いが常に私を支配するようになっていました。
魂がとても不自由で苦しかった。心の中で悲鳴を上げていました。
そんな頃、私の実家の近くの寺のチラシが目に留まりました。そこには「霊視で悩み解決」というようなことが書いてありました。
私は、早速行ってみることにしました。
そこに行くと、祭壇のある部屋に通され、後から一人の僧侶の女性が入って来て祭壇に向かい経文を唱え始めました。
それが終ってから、私と向かい合い話をするうち、先祖供養が足りていないこと、私が絶家であること、私が住んでいる家の霊環境が悪く私にそれが影響していることなどを言われました。
そして、それを解決するために自宅に荒神の掛軸と十一面観音の彫像を祀り、入信するようにと言われました。
私は、生まれ育った環境のせいか、言われたことに抵抗がなくすんなり受け入れることができたので、「それで苦しみから解放されるなら」と、すぐに入信を決心しました。そして、それから毎日自宅で荒神の掛け軸や、木彫りの十一面観音像に向かい経文を唱えていました。
また、寺で決められた集まりがあると出席し、熱心に法話を聞いていました。
私は、自分のことを「熱心な信者だ」と思っていたのですが、実はとんでもない私の思い違いでした。
熱心な信者は、たとえ自宅が寺から遠かろうと、朝夕の勤行に参列していたそうです。私は、寺と自宅が決して近いとは言えない距離だったので、朝夕の勤行には参加したことがありませんでした。自分の都合を優先させていたのです。
ま た、私は寺の朝夕の勤行に参加することがとても意味のあることとは思えないでいましたし、それよりも寺で決められた集会に参加し、法話を聞くことの方が重 要でした。私にとっては、仏像の前で経文を唱えることよりも、法話で聞いたことを実生活に生かしていくことの方が重要でした。
私は、自分の納得できたことしかやらない我が道をひたすら歩む信者、他の信者とは異質の信者だったのです。私が「これは信じられる。」と思ったのは、寺にある大きな仏像ではなく、「教義」でした。
私が「どうしてもやらなければ」と思ったことは、「見返りを求めず、施すこと」でした。私は幼い頃から、先祖は自分を守ってくれている存在と思ってきました。それなのに、実際は苦しくて助けを求めているのは、すでに死んでしまって自分でどうすることもできない先祖の方だと聞いた時、言葉になりませんでした。
「先祖が苦しくて助けを求めている。私が供養料を出して寺に供養を頼み、それで先祖が楽になれるのならば、なんとしてもしてあげなきゃ。」と、見返りを求めない使命感のようなものを感じていました。
ただ、今から思うと、人が人の魂をどうにかできるなど、とんでもないことですし、全ては肉体が生きていた時の自分の行いの故のことなのです。その行いの善悪とは、人間の価値観や判断によるものではありません。まして、私は「供養」の本来の意味を全く理解していませんでした。
本来の「供養」とは、「供に養うこと」、つまり、施しあうことなのです。そして、それが「愛する」ということなのです。神は、私たちが神を愛すること、隣人を愛することを望んでおられます。
「子 供が欲しい」という理由から寺に通い始めた私でしたが、思い返すと真剣に仏像に向かいそのことを願い祈ったことがありませんでした。心の奥底で「仏像に向 かって祈ったところで、子供ができるわけがない。」と思っている私がいました。私にとって大事なのは、仏像の前でひたすら祈ることよりも、教えを実践する こと、すなわち、見返りを求めず施すこと、そして笑顔で奉仕することでした。「私 の行いが仏の教えに沿っていて正しいならば、仏は必ずそれを見ていて下さっているはずだし、仏がそんな私に子供を授けてもいいと思われるなら、きっと子供 ができるだろう。もし、子供がこのまま出来ないのだとしたら、仏から見て私にはまだ何かが足りないのかもしれない。」そう思っていました。
しかし、数年が過ぎた頃、私は寺のある僧侶に不信を抱き、結局寺には行かなくなってしまいました。でも、仏の教えは真実だったとその思いだけは変わらず、自宅の荒神の掛け軸や木彫りの十一面観音像に向かい毎日経文を唱えていました。
自宅で何を毎日祈っていたかというと、魂が楽になることでした。当時はそう言葉で思っていたわけではありません。神に気付き、真実を知ったからこそ、「あの頃私が願い求めていたことは、こういうことだったのだ。」とはっきり言えるのです。私は、つい最近まで「偶像崇拝をしていた。」と思い込んでいました。それは、かつて毎日偶像に向かい祈っていたからです。
でも、果たして私は偶像を信じ崇拝していたのだろうか・・・。幼い頃からの慣習で、神仏像を粗末にしてはいけないというだけのこと、寺でも、「しなさい。」と言われ、「善」だと言われ、ただ言われたとおり、教えられた
とおり行っただけのことで、結局偶像を信じてもいなければ、崇拝もしていなかったのです。私にとってそれらは人間が作った「掛け軸」でしかなく「木彫りの像」でしかなかったのです。
私が寺から離れ2年位過ぎた頃、「霊視商法詐欺事件」としてマスコミに取り沙汰されているある寺がありました。
その寺は、私が通い始めた頃の寺の本山でした。私は事件を知っても、「それは人間が起こしたこと。仏の教えとは何ら関係ない。」と、あまり関心を持ちませんでした。
ところが、なんとこの事件は神が真実を明らかにするために起こされたことだったのです。
その頃の私は、まだ神に気付いておらず、夢にもそんなことを思っていませんでした。神は何故そのようにされたのか・・・。
それは、その寺に必死に神仏の救いを求めやって来る人々を神が憐れんでくださり、その偶像崇拝の教団から救い出してくださるためでした。真実を明らかにされ救い出してくださったのは、どんな人間の知恵や計らいや力でもなく神以外にはおられないこと、神が厳然とおられ生きて働かれることを私たちが知るためでした。
そして、真実の神を知った者たちが、神だけを依り所とし、真に命を得ることができるようになるためでした。そこには、まだ神に繋がってはいないけれど、偶像に向かってではなく神に向かって、自分勝手な欲望や欲求の願い事ではなく、信者の血の滲むような願いを祈ってくれている僧侶がいたのです。
そのあまりに貧しい魂の叫びを神が憐れんでくださり、その教団のしていることを明るみに出し、利用されている偶像崇拝の教団から救い出してくださったのです。霊視商法で信者から多額の金銭を搾取していたその寺の門主や幹部らはどうなったのか・・・。
その者らは、事件とは無関係であった一人の代表役員の僧侶に全ての罪を被せようと企みました。その教団の門主以下幹部らは、自分たちの保身にやっきとなっていました。一方、無実の罪を着せられようとしていた元僧侶は、自分のことよりも神のことを最優先させたのです。
結果、その元僧侶は逆転無罪、企んだ者らは当然のことながら有罪判決となりました。全ては神が計画され、事は成されたのです。
その事件からさらに時が過ぎ、私に1通の手紙が届きました。そこには「せっかく神仏と関わりがあったのに、離れてしまった人に手紙を出しています。もう一度神仏を信じてみませんか。」というような内容だったと思います。
どうするか迷いましたが、私が離れたのは「人」からで、「神仏」からではないという思いから、連絡を取ってみることにしたのです。その手紙の発信元が、後の「大祭司」であり、そこが後の「主の聖所」となったのです。
それから間もなく平成9年12月、私は「仏像は神ではない。そこに神はおられない」と主なる神が語っておられる事を、大祭司を通して知りました。私は「偶像の中にも、偶像の向こうにも神はおられない。」ということを知り、あっさりと自宅にあった偶像を捨て去ったのです。私は、主なる神を信頼し、主なる神を愛し、主なる神に従って、そして大祭司を信頼していたので、ほとんど何のためらいもなく偶像を捨て去りました。
何故あんなにも簡単に捨て去ることができたのか、自分でも不思議なくらいでした。結局私にとっての偶像はその程度のものだったのです。今まで自分が頼っていたのは、何もできない木の像にすぎなかったのだということを知ることができました。偶像を捨てた日、私はなんともせいせいした気持ちだったのを今でもよく覚えています。
それが私にとって初めての「神の道か、否か」の選択でした。そして私は、迷うことなく神の道を選んだのです。
大祭司は、私が通っていた寺の本山の主管をしておられた人です。後に、神はこの方を信頼し、神がこの方を大祭司に任命されたのです。
要するに私は、大祭司を通して神を信頼したのです。神を証するために遣わされた大祭司を信頼するということは、大祭司を遣わされた「油注がれた方」とその父なる神を信頼するということなのだということを理解することができました。
私 は、「必死に偶像崇拝をしていたあの頃があるから、こうして真実の神に出会えた」と思っていました。でも、それは大きな間違いでした。よく思い返してみれ ば、私は偶像を崇拝していなかったし、まして神は偶像崇拝していた私を御心に留めてくださったわけではありませんでした。私はそのことを平成15年4月に はっきりと神に教えていただくまでわかりませんでした。<子を授けられる神>
私は、心の奥底で「子供が欲しい」とは思っていましたが、半分は諦めていました。でも、そんな私に神は子を授けて下さいました。
当時、まだ真実の神がおられることに気付いていなかった私は、「やっぱり私の信仰は間違っていなかった。」と思っていました。私に子供が出来たのは、神があの事件を起こされた後のことです。そして、私が神に気付き始めたのは、子供が生まれてから数年が過ぎた頃のことでした。
私が神に気付き、あの事件は神が起こされたことだったと知っても、神が私に子を授けて下さったこととなかなか自分の中で繋がらないでいました。私は、偶像を捨て去り、どんどん神を知るにつれ、全ての命を司ることができるのは神だけだということ、男女の自然な結びつきにより与えられる命、医学の力を
借りて与えられる命、神に願い求めて与えられる命、全ての命は神が司っておられるのだということを知るようになりました。
産、地位、名誉、学歴など人間的価値観で良いと思えるものがあっても同じなのです。神にとっては、そんなものは何の価値もないものなのです。
神の諭しを受け入れた時から私たちは新たに生まれ、神の御前に生きる者となることができるのです。神が命の息吹を吹き込んでくださらなければ、人間はただの動物(獣)と同じで、神の御前に「生きている」とは言えないのです。
堕落したアダムとエバの枝にすぎない私たちは、そのままでは神の息吹を吹き込まれておらず、生きているとは名ばかりで死体と変わらないということ、堕落した私たちが再び生きるようになるには神から魂の息吹を与えられ、生まれ変わる必要があるのです。洗礼などによって儀礼的に生まれ変わるのではなく、真に生まれ変わる必要があるのです。主なる神は不妊の女性の苦しみを知っておられること、そして不妊の女性に子を授けられる神であること、すなわち逆にいえば、不妊の女性に子供ができた時、真実の神を知ることができる大きなチャンスなのだということを、私は知りました。
私は理屈ではなく、私に子を授けて下さったのは間違いなく神だということを確信していました。
「まだ神に気付いていなかった私に、まして毎日偶像に向かい経文を唱えて、神がしてはいけないと言われている偶像崇拝をしていた私に、何故神は子を授けて下さったのだろう・・・。」
私は、自分が偶像崇拝をしていたと思いこんでいたことと、自分の時間の流れを中心に考えていたので、どうしてもわかりませんでした。神は時間に支配される存在ではなく、時間を創造された方なので、時間の全てを支配しておられるのです。人間 が選択する可能性の全てを最初から最後まで一度に見ておられるのです。私は偶像を信じていたわけではなく、勿論崇拝していたわけでもなく、ただそう教えら れさせられていたこと、また、私があの頃はまだ神に気付いていなかったとか、いつ神に気付いたということよりも、神は私がまだ胎内にいる時から私をご存知 であるということが重要なのだということを知りました。そして、私が通っていた偶像崇拝の教団の中に、偶像ではない真実の神を求め、まだ神には繋がってはいなかったけれど、偶像ではなく神に向かい私の願いを祈り届けてくれていた僧侶というより神を求めている人がいたことを知りました。
私が神に気付いていようといなかろうと、神は私のことを私の初めから知っておられた。考えてみれば当たり前のことです。神は私たちの造り主なのですから。
神は、私が選択するであろう全ての可能性を知っておられ、これからのことも全て見通されておられる。そして、何を選択したらその先がどうなるかということも全て知っておられる。それは、私だけでなく全ての人において同じです。
神は、いずれ私が神に気付き、神の道を選択するであろうことを信じて下さり、私に子を授けて下さったのでした。
そして、勿論私だけでなく、神に気付き、神の道を選択するであろう人がいることを神は信じておられ、私を含むその人々のために神はあの寺の事件を明るみに出されたのです。
それは、この世の垢にまみれた私たちが、神によって導き出され、生きて働かれる神がおられること、本当の救い主は神しかおられないことをはっきりと知るためでした。
天地創造をされた神が、今も何一つ変わらず厳然と存在しておられるのです。
現代は、ほとんど多くの人が虚しいもの(たとえば、財産、地位、名誉、学歴など)に依り頼み、その虚しいものを「幸せ」とすりかえています。でも、それらの価値は変わるのです。まして死ぬ時は持っていくことが出来ないものばかりです。死んだ人間には、何一つ価値のないものばかりです。
当たり前ですが、どんなに執着しても肉体もいずれ朽ちるのです。そして、その後に残るのは、魂だけなのです。
では、何なら朽ちず、不変なのか。それは、天地創造をされ、あの世もこの世も含む全てを造られた神だけなのです。
絶対に朽ちず、絶対に変わらない神は、虚しくないのです。神だけが真実なのです。私たちは、神に依り頼む以外、真に依り頼むものなど何もないのです。
「死んだら天国に行きたい。」ほとんど全ての人がそう思っていることでしょう。
でも、肉体がある時、虚しいものに依り頼み神に気付かなかった者、または気付こうともしなかった者、あるいは気付いても自らの選択で神以外の道を選択した者は、肉体が朽ちた後その魂が救われることなどないのです。【続く】この記事に対するトラックバック
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