終わりに日の預言!!

  • 2008/05/02(金) 08:11:16

『終わりの日の預言』転載!!第16弾
正覚院 義敬(本名;矢野 敬二郎氏) 著

 
 暗示的である。

 民とは何であるか。聖書で言うところのアブラハムからの民のことであろう。と言うことは一般にユダヤと呼ばれる民のことを指すのであろうが、そのユダヤの民は、この預言に語られるように主に反逆して久しい。聖書とは、謂わば、その反逆の民に対する警告の書でもある。


<インドの双頭の赤ちゃん・神とあがめられている(記事とは無関係)>Wmiracle114


 何故に主に反逆するのであろうか。突き詰めると、自己顕示欲である。被創造物である自身が、創造主のごとくありたいとする妄想であろうか。突き詰めるとそんなところであろうか。現代風に言えば、ジコチュウの権家である。

  問題は、そのことを自覚しているか否かであるが、反逆者は少なくとも自覚している。迷えるものは自覚がないが、かたくなである。無明かそうでないかの差で ある。反逆者は滅ぼされる。無自覚者は諸国の民に委ねられる。散らされる。うち捨てられる。諸国の民とはなにか。? 異邦人(ことくにびと)と呼ばれた人 々。具体的にこの預言に語られる諸国の民とは何か。? 民の聖所に無関係の人々のことである。そのように思われる。

 暗示的という言う意味は、そう言うことである。

  聖書を読んでいて、いつも思うことは異邦人についてのことである。ユダヤの民が聖書の民であったというのは頷ける。その他はすべて異邦人である。しかし、 キリスト教は異邦人によって広められた。その信者の多くは異邦人であって、当のユダヤの民は、ユダヤ教乃至はマラーノ、あるいはタルムード信者?である。 悪魔教的カルト結社も多い。まさしく、ユダヤの民は反逆者として、現在散らされている。そして、諸国の民に委ねられている。

 暗示的である。

  暗示的な預言は、読むのに苦労するであろうが、お付き合いできる方はお付き合い願いたい。この連載の後編で考えているが、現代的な具体的秘密を考える上 で、この預言は重要である。後生大事な聖書も、長年の歴史の中で反逆者の手によって改変させられ、今も又、その企みは続いている。そして、それが今日的諸 悪の根源に繋がる。 



                      【転載開始】
 

主は言われた 1999



 平成19年1月1日、主は言われた。

「エ リエナイよ、ハナンエルよ、彼らはあなたたちの善意に、悪意をもってこたえる。あなたたちは彼らの幸いを願うのに、彼らは敵対する。主なるわたしは、あな たたちを見捨てない。あなたたちの神は、あなたたちを離れない。あなたたちの救い、あなたたち主、わたしはあなたたちを助ける。」

 平成19年1月2日、主は言われた。

 主は、わたしエリエナイにこう言われた。

 「主の敵への報復を待ち望め。雄々しくあれ、心を強くせよ。主の報復を待ち望め。」

 そして、かつてソタイと呼ばれた者に対しては、こう言われた。 

  「お前がわたしを忘れ、むなしいものに依り頼んだからだ。わたし自身がお前の着物の裾を顔まで上げ、お前の恥はあらわになった。お前が姦淫し、いななきの 声をあげ、淫行をたくらみ、忌むべき行いをするのを、丘でも野でもわたしは見た。災いだ、かつてソタイと呼ばれた者よ。お前は清いものとはされえない。い つまでそれが続くのか。お前はほしいままに、また高慢にふるまい、高ぶった。黒人は皮膚を、豹(ひょう)はまだらの皮を変え得ようか。それなら、悪に馴 (な)らされたお前も、正しい者となり得よう。お前は渇き、城門は衰える。わたしの僕らはお前のために嘆き、神殿は叫びをあげる。お前は、かつてこう言っ た。『私は大きな工事をしているので、他のことができません。中断して他のことをしたのでは、どうして工事が終わるでしょうか。』と。わたしは憐れみ深 く、お前を滅ぼそうとはせず、見捨てようとしなかった。わたしは恵みに満ち、憐れみ深い神。しかし、わたしは力強く畏るべき神。忠実に契約を守る神。今日 に至るまでわたしの僕らがお前から被った苦難のすべてを、祭司も大祭司も預言者も他の者も、わたしの民がお前から被った苦難のすべてを、取るに足らないこ とと見なさない。お前に起こるすべてのことは起こるべくして起こるのだ。

 わたしは知っている。主なるわたしはエリエナイのために、エリエナイを迫害するお前に復讐する。いつまでも怒りを抑えない。エリエナイがわたしのゆえにお前から受ける辱めに耐えてきたのを知っている。

  わたしの言葉を見いだしたとき、エリエナイはそれをむさぼり食べた。わたしの言葉はエリエナイのものとなり、エリエナイの心は喜び躍った。万軍の神、主な るわたしは言う。エリエナイはわたしの名をもって呼ばれている者である。エリエナイは笑い戯(たわむれ)れる者と共に座って楽しむことなく、捕らえられ、 独りで座っていた。わたしはエリエナイにわたし自身をあらわした。わたしはエリエナイに言った。『人の子よ、目の前にあるものを食べなさい。この巻物を食 べ、行って主の民の家に語りなさい。』と。そして捕らわれていたエリエナイを解放した。

 エリエナイはお前を引き立て、同僚のうちの誰よ りも高い地位につけた。主の民は、誰もがお前の地位を認めた。エリエナイがそのように命じていたからである。しかし、お前をその地位につけたエリエナイは 主にのみ仕え、主の声に耳を傾ける者であり、お前に敬礼することはなかった。お前は、『なぜ彼は私に敬礼せず、私の言葉に耳を貸さないのか。』と怒り、来 る日も来る日もエリエナイに対して高慢に語ったが、エリエナイはお前に敬礼しなかった。お前は人に認めてもらいたいがために誰かれとなく敬礼したが、エリ エナイにだけは敬礼しなかった。エリエナイは神以外の誰をも敬礼しなかった。エリエナイが主から預言者だと言われたので、彼らはそれを確かめるようにお前 をそそのかした。お前は、エリエナイが自分に敬礼しないのを見て、腹を立てていた。」


 平成19年1月8日、主は言われた。

「か つてソタイと呼ばれた者よ、あなたを襲う者を見よ。あなたにゆだねられた群れ、輝かしい羊の群れはどこにいるのか。指導者が、あなたから失われるなら、あ なたは何と言うつもりか。女が子を産むときのような苦しみが、必ずあなたをとらえるであろう。あなたは心に問うであろう。『なぜ、このような事がわたしに 起こるのか。』あなたの重い罪のゆえに、着物の裾は剥(は)ぎ取られ、辱めを受ける。黒人は皮膚を、豹(ひょう)はまだらの皮を変え得ようか。それなら、 悪に馴(な)らされたお前も、正しい者となり得よう。」


 平成19年1月26日、主は言われた。

「わたしは神、わたしは反逆者を遠く離れる。反逆者は、飢え、渇き、魂は衰え果てる。苦難の中からわたしに助けを求めて叫んでも、わたしは彼らを苦しみから救わない。」

 平成19年2月13日、主は言われた。

「渇 いた者はうろたえ、頭を覆う。かつてソタイと呼ばれた彼は誓約して、書き留め、祭司の捺印を添えた。しかし彼は荒野で迷い、砂漠で人の住む町への道を見 失った。彼は飢え、渇き、魂は衰え果てた。かつては苦難の中からわたしに助けを求めて叫ぶと、わたしはエリエナイとハナンエルの願いにより彼を苦しみから 救った。しかし彼は、命にとどまるよりも死を選ぶ。彼は背を向け、かたくなになり、聞き従おうとしなかった。」

 平成19年2月16日、主は言われた。

「このシムラトの献げ物は、供え物のパンのため、日ごとの穀物の献げ物のため、日ごとの願い望みの献げ物のため、安息日、新月祭、祝祭日のため、奉納物のため、罪を贖う贖罪の献げ物のため、すなわち主の聖所におけるすべての務めのためである。

 反逆者は水を求めて、かつての貯水池に来る。彼が貯水池に来ても、水がないので、空の水がめを持ち、うろたえ、失望し、頭を覆って帰る。彼は血色が悪くなり、目はよどみ、姿も枯れる。

 かつてエッサイは人をやって、預言者のもとにその子ダビデを連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。わたしは預言者に言った。
『立っ て彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。』預言者は油の入った角笛を取り出し、彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。わ たしはソタイにはそのようなことは言わなかったし、預言者も彼に油を注がなかった。ところが彼は自分をダビデのようだと思って、高慢になった。」

 平成19年2月22日、主はわたしエリエナイに言われた。

「か つて、わたしはあなたに言った。わたしが悪人に向かって、『お前は必ず死ぬ』と言うとき、もしあなたがその悪人に警告して、悪人が悪の道から離れて命を得 るように諭さないなら、悪人は自分の罪のゆえに死ぬが、彼の死の責任をあなたに問う。しかし、あなたが悪人に警告したのに、悪人が自分の悪と悪の道から立 ち帰らなかった場合には、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。また、正しい人が自分の正しい生き方を離れて不正を行うなら、わたしは彼を つまずかせ、彼は死ぬ。あなたが彼に警告しなかったので、彼は自分の過ちのゆえに死ぬ。彼がなしてきた正しい生き方は覚えられない。また彼の死の責任をわ たしはあなたに問う。しかし、あなたが正しい人に過ちを犯さないように警告し、彼が過ちを犯さなければ、彼は警告を受け入れたのだから命を得、あなたも自 分の命を救う。

 あなたはわたしが伝えよと言ったことを、悪人に向かっても、正しい人に向かっても、伝えた。

 そこでわたしはあなたに手を述べ、あなたに臨んだ。

 わたしはあなたに言った。『あなたは自分の家に入って閉じこもりなさい。悪人は、わたしに立ち帰ろうとはせず、不正と悪行を改めようとはしなかった。エリエナイよ、ハナンエルよ、あなたが行く地で角笛を吹き鳴らせ。』

 また、わたしは言った。『見よ、枕もとに焼き石で焼いたパン菓子と水の入った瓶(かめ)がある。エリエナイよ、そのパン菓子を食べ、水を飲んで、また横になったならば、旅立て。立って自宅に出て行きなさい。そこでわたしはあなたに語る。』

 あなたたちは立って自分の家に出て行き、わたしの祭壇を築いて、角笛を吹き鳴らした。

  そこで今日、わたしはあなたに言う。『貧しい人は食べて満ち足り、主を尋ね求める人は主を賛美する。いつまでも健やかな命が与えられるように。彼らは同じ ことを4度も言ってきたが、わたしも同じように返事を繰り返した。5度目に彼は、同じ言葉をもってわたしのもとによこそうとしたが、その手には開封の手紙 があった。』」

 平成19年3月8日、主はわたしエリエナイに言われた。

「アラムの王は全軍を集めた。軍馬と戦車をそろえて軍を進め、神殿を包囲し、攻撃を加えた。主はカルデア人の王を神殿に向かって攻め上らせられた。彼は主の民を剣にかけ、容赦しなかった。主なるわたしは神殿に残る者を彼の手に渡した。

  そのほかの民、祭司、大祭司、預言者、神殿の偽り者と関係を断って神の律法のもとに集まった者は、妻、息子、また理解できる年齢に達した者と共に、そのま ことに貴い兄弟たちに協力するものであり、神の律法に従って歩み、主の戒めと法と掟をすべて守り、実行することを誓い、確約するものである。

 『その日が来れば、あなたの肩から重荷は取り去られ、首に置かれたくびきは砕かれる。』と言っておいたとおりである。

 アラムの王の全軍は、軍需品を配置した。彼らは峠を越え、露営した。かつてはそこにいた御使いも震え、そこから逃げ去った。娘なる神殿は叫び声をあげよ。耳を傾け、彼女に答えよ。そこを守っていた御使いは逃げて行き、そこの住民であった者たちは避難した。」

 平成19年3月10日、主はわたしエリエナイに言われた。

「わが企てはとこしえに立ち、わが心の計らいは代々に続く。かつて主の民が荒れ野で造った主の幕屋の一部も、献げ物をささげる祭壇の外枠も、ソタイの『聖なる高台』にある。」


 平成19年3月15日、主はわたしエリエナイに言われた。

「『御 覧ください、今日、わたしたちは奴隷にされています。先祖に与えられたこの土地、その実りと恵みを楽しむように、与えられたこの土地にあって、御覧下さ い、わたしたちは奴隷にされています。』と反逆者は言う。『あなたの僕をわたしのもとによこしなさい。』と反逆者が言うので、わたしは霊を反逆者に送っ た。反逆者の友である悪霊も反逆者のもとに集まった。わたしの僕は、わたしの霊が反逆者を襲うたびに、わたしにとりなしたので、反逆者は心が安まって気分 が良くなり、悪霊は反逆者を離れた。

 青草がないので、野の雌鹿は子を産んでも捨てる。反逆者は、『わたしたちは、娘をこの地の民に嫁が せず、彼らの娘をわたしたちの息子の嫁にしないと誓った』と言う。そして、『神は憐れみによってわたしを滅ぼし尽くそうとはせず、見捨てようとはしない。 神は恵みに満ち、憐れみ深い神。』と言う。

 あの女は、反逆者が神殿を再建し、あとは城門に扉を付けるだけだということを耳にした。

  反逆者は言った。『それは供え物のパンのため、日ごとの献げ物のため、安息日、新月祭、祝祭日のため、奉納物のため、主の民の罪を贖う贖罪の献げ物のた め、すなわち神殿におけるすべての務めのためである。わたしたちは、地の産物と初物のすべての果実の初物を、毎年主の神殿にささげ、律法に書き記されてい るところに従ってささげる。わたしたちはすべての献げ物を神殿に携え、神殿に仕える祭司のためにささげる。最初の小麦粉、礼物、あらゆる種類の果実、新し いぶどう酒および油を祭司のために神殿の祭司室に納める。10分の1は主なる神のために働く僕のために納める。その10分の1の更に10分の1を神殿のた めにその収納庫の祭司室に持って行かねばならない。主の民とレビ人各人が穀物と新しいぶどう酒と油の礼物を納めるのはその祭司室であるからで、そこは聖所 用の祭具類があり、任務を持つ祭司、預言者がいるところである。わたしは決してわたしたちの神殿をおろそかにしません。』」

 平成19年3月18日の朝、主は言われた。

「『苦難の中から主を呼び求め、わたしの神を呼び求めると、その声は神殿に響き、叫びは御耳に届く。』と反逆者がつぶやく。

 わたしはこれを見捨てる。枝は刈り込まれず、耕されることもなく、茨やおどろが生い茂るであろう。雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。」